鶴羽根神社
平和な人世の出発を祝福する結婚式・・・
広島市東区二葉の里
鶴羽根神社は、広島市の東部二葉山麓にあり、今から約七八〇余年(建久年間)前に、源三位頼政公の遺言によって建立された由緒ある神社であります。御祭神は伊佐奈伎乃命(いざなぎのみこと)、伊佐奈美乃命(いざなみのみこと)の妹背二柱(いもぜふたはしら 縁結びの神)と、品陀和気命(ほむだわけのみこと 応神天皇)、帯仲津日子命(たらしなかつひこのみこと 仲哀天皇)、息長帯日売命(おきながたらひめのみこと 神功皇后)の三神が鎮座されております。
当時は椎木山八幡宮といい、広島東部の総氏神として崇敬厚く、その後いくたの兵乱により興亡の歴史をたどりました。
天保四年鎮国堂より出火、類焼の厄にあい、一〇年の後、現在の場所に再建されたのが今の神社の前身であります。
明治元年朝命にもとずき、これまで神仏混合であったものが、そのときに分離されて、安芸国藩主従四位少将、浅野長勲公の御撰名によりまして社号を鶴羽根神社と改称されるに至りました。
境内は、一四〇〇余坪ほどあり、樹令三〇〇余年から四五〇年を経たいくたの松のみどりが影をうつしております。
白色と桃色の水蓮が美しく咲き匂う池があり、そこには石畳のそり橋が、かかっております。
昭和二〇年八月六日に投下された世紀の驚異、原爆の一閃にことごとく灰燼に帰しましたが、石鳥居、唐獅子、石燈籠は幸いにも難をのがれました。
現在の御神殿並びに社務所は、諸条件の最も困難な情勢下にあったあの終戦時以来石井宮司を先導とする氏子諸子の異常な熱意と、血の努力によって、いち早く余燼の中から生まれたもので、終戦後は平和な人世の出発を祝福する結婚式をはじめ、初宮詣、七五三詣、病気平癒、商売繁昌、家内安全等、万般のことにひ亘って大変な御加護があり、敬拝する人々は夫々にありがたい御神徳を頂いて居ります。
|
広島護国神社 |
神社挙式 |
比治山神社 |

